(ナイチンゲールつづき)

 こうして、つくりものの鳥は、またまた、うたわされることになりました。これで、もう、三十四回目です。うたう歌は、いつも同じなのですが、まだだれも、その歌をすっかりおぼえることができませんでした。そんなにも、むずかしい歌だったのです。そんなわけで、楽長はこの鳥をほめちぎりました。「たしかに、この鳥はほんもののナイチンゲールよりもすぐれています。たとえば、着ているものにしても、たくさんの美しいダイヤモンドにしても、そればかりか、からだの中にしても、まちがいなくすぐれています」と。
「と申しますのは、陛下へいか、および、皆々みなみなさま。ほんもののナイチンゲールの場合には、どんな歌が飛びだしてまいりますやら、わたくしどもには、見当もつきません。ところが、つくりものの鳥の場合には、なんでも、きちんときまっております。しかも、いつも、きまったとおりであって、それとちがったようになることは、けっしてございません。
 わたくしどもは、それを説明することができるのでございます。中を開きまして、人間がどのような工夫くふうをこらしたかを、だれにでも見せることができるのでございます。たとえば、ワルツはどんなふうにはいっているか、そして、どんなふうに動くか、そしてまた、どの曲のあとに、どの曲がつづいてくるか、ということなども、明らかにすることができるのでございます」
「わたくしも、そう思います」と、みんなは、口々に言いました。楽長は、つぎの日曜日に、この鳥を国民に見せてもよい、というおゆるしをいただきました。
「では、歌も聞かせてやるがよい」と、皇帝は言いました。
 人々は、その歌を聞くと、まるで、お茶にったように、とても楽しくなりました。この、お茶に酔うというのは、まったく中国式なのです。みんなは、「オー!」と言って、「つまみぐい」と呼んでいる人さし指を空にむけてうなずきました。けれども、ほんもののナイチンゲールのうたうのを聞いたことのある、あのまずしい漁師たちだけは、こう言いました。
「たしかにいい声だし、姿もよく似ている。だが、なんとなく、ものたりないな。それがなんだかは、わからないが」
 ほんもののナイチンゲールは、とうとう、この国から追い出されてしまいました。
 つくりものの鳥は、皇帝の寝床ねどこのすぐそばに、絹のふとんをいただいて、その上にいることになりました。あっちこっちから送られてきた、金だの、宝石だのが、そのまわりに置かれました。つくりものの鳥は、「皇帝のご寝室しんしつづき歌手」という、名前をいただき、位は左側第一位にのぼりました。皇帝は、心臓のある左側のほうが、右側よりもすぐれていると、思っていたからです。やっぱり、皇帝でも、心臓は左側にありますからね。
 楽長は、つくりものの鳥について、二十五冊も本を書きました。その本はたいへん学問的で、たいそう長く、おまけに、とんでもなくむずかしい中国の言葉で書いてありました。けれども、みんなはそれを読んで、よくわかった、と言いました。なぜって、そう言わなければ、ばかものあつかいされて、おなかをぶたれてしまいますからね。
 こうして、まる一年たちました。いまでは、皇帝も、宮中の人たちも、そのほかの中国人たちも、みんな、このつくりものの鳥のうたう歌なら、どんな小さなふしでも、すっかりそらでおぼえてしまいました。それだからこそ、みんなはこの鳥を、いちばんすばらしいものに思いました。みんなは、いっしょに、うたうこともできるようになりました。そして、じっさい、いっしょにうたいました。通りの子供たちまで、「チ、チ、チ! クルック、クルック、クルック!」と、うたいました。皇帝も、いっしょになって、うたいました。――ほんとうに、またとない、楽しいことでした。
 ところが、ある晩のことです。つくりものの鳥が、いつものようにじょうずに歌をうたい、皇帝が寝床の中にはいって、それを聞いていますと、きゅうに、鳥のからだの中で、「プスッ」という音がしました。そして、なにかが、はねとびました。と、たちまち、歯車という歯車が、「ブルルル!」と、からまわりをして、音楽が、はたとやんでしまったではありませんか。
 皇帝は、すぐさま寝床からはねおきて、お医者さまを呼びました。でも、お医者さまに何ができましょう! そこで、今度は、時計屋を呼んでこさせました。時計屋は、いろいろとたずねたり、しらべたりしてから、どうにか、もとのようになおしました。ところが、
「これは、たいせつにしていただかなくてはこまります。拝見いたしますと、心棒がすっかりすりへっておりますが、と言って、音楽がうまく鳴るように、新しい心棒を入れかえることはできないのでございますから」ということでした。
 さあ、なんという悲しいことがふってわいたのでしょう! これからは、つくりものの鳥の歌を、一年にたった一度しか聞くことができなくなったのです。おまけに、それさえも、きびしくいえば、まだまだ多すぎるというのです。けれども、楽長がむずかしい言葉で、短い演説をして、これは以前と同じようによろしい、と申しました。たしかに、そう言われてみれば、前と同じように、よいものでした。
 いつのまにか、五年の年月がたちました。今度は、国じゅうが、ほんとうに大きな悲しみにつつまれました。国民は、だれもが皇帝を心からしたっていましたが、その皇帝が病気になって、ひとのうわさでは、もうそんなに長くはなかろう、ということなのです。もう、新しい皇帝もえらばれていました。人々は、おもての通りに出て、皇帝のおぐあいはいかがですか、と、侍従じじゅうにたずねました。
「プー!」と、侍従は言って、頭をふりました。
 皇帝は、大きな美しい寝床の中に、つめたく青ざめて、やすんでいました。宮中の人たちは、もうおなくなりになったものと思って、みんな、新しい皇帝にごあいさつするために、かけていってしまいました。おつきの召使めしつかいたちも、さっさと、出ていって、皇帝のことをおしゃべりしていました。女官にょかんたちはといえば、にぎやかなお茶の会を開いていました。まわりの広間や廊下ろうかには、足音がしないように、じゅうたんがしきつめてありました。そのため、あたりは、それはそれはひっそりとして、静まりかえっていました。
 ところが、皇帝は、まだなくなったのではありません。からだをこわばらせながら、青ざめた顔をして、まわりに長いビロードのカーテンと、おもたい金のふさのたれさがっている、りっぱな寝床の中に、じっと寝ていました。そのずっと上のところに、窓が一つあいていて、そこから、お月さまの光がさしこんで、皇帝と、つくりものの鳥とを照らしていました。