とうこう3

 御殿の中は、きらびやかにかざりつけられました。瀬戸物でできているかべやゆかは、幾千ものきんのランプの光で、キラキラとかがやきました。ほんとうに、鈴のような音をたてて鳴る、このうえもなく美しい花々が、いくつもいくつも廊下におかれました。そこを、人々が走りまわったり、風がきこんできたりすると、どの花も、いっせいにリンリンと鳴りましたので、人の話も聞えないくらいでした。
 皇帝のいる、大きな広間のまんなかに、金のとまり木がおかれました。そこに、ナイチンゲールがとまることになっていたのです。この広間に、宮中のお役人が、ひとりのこらず集まりました。お台所の小娘も、とびらのうしろに立っていてよいという、おゆるしをいただきました。なにしろ、いまでは、この小娘も、「宮中お料理人」という、名前をいただいているのですからね。だれもかれもが、いちばんりっぱな服を着ていました。みんなは、小さな灰色の鳥のほうを、じっと見ていました。そのとき、皇帝が、鳥にむかってうなずいてみせました。
 すると、ナイチンゲールが、それはそれは美しい声でうたいはじめました。みるみるうちに、皇帝の目には涙が浮んできて、やがて、ほおをつたわって流れおちました。すると、ナイチンゲールは、ますますきれいな声でうたいました。それは、人の心の奥底おくそこまで、しみとおるほどでした。皇帝は、心からよろこんで、自分の金のスリッパを、ナイチンゲールの首にかけてやるように、と言いました。ところが、ナイチンゲールは、お礼を申しあげて、ごほうびは、もうじゅうぶんいただきました、と申しました。
「わたくしは、皇帝陛下へいかのお目に、涙が浮びましたのを、お見うけいたしました。それこそ、わたくしにとりましては、なににもまさる、宝でございます。皇帝陛下の涙には、ふしぎな力があるのでございます。ほんとうに、ごほうびは、それでじゅうぶんでございます」
 そう言うと、またまた、人の心をうっとりさせる、美しい、あまい声で、うたいました。
「まあ、なんて、かわいらしいおせじを言うのでしょう!」と、まわりにいた貴婦人たちが言いました。それからというもの、この婦人たちは、だれかに話しかけられると、口の中に水をふくんで、のどをコロコロ言わせました。こうして、自分たちも、ナイチンゲールになったような気でいるのでした。
 いや、侍従や侍女たちまでも、満足まんぞくしているようすをあらわしました。だけど、このことは、たいへんなことなのですよ。なぜって、この人たちを満足させるなどということは、とてもとてもむずかしいことだったのですから。こういうわけで、ナイチンゲールは、ほんとうに、大成功をおさめました。
 ナイチンゲールは、宮中にとどまることになりました。自分の鳥かごも、いただきました。そして、昼には二度、夜には一度、毎日、散歩にでかけるおゆるしもいただきました。でも、散歩に行くときにも、十二人の召使めしつかいがおともについていくのです。おまけに、召使たちは絹のリボンをナイチンゲールの足にゆわえつけて、それをしっかりと持っているのです。こんなふうでは、散歩にでかけたところで、ちっとも楽しいはずがありません。
 町じゅうの人たちは、よるとさわると、このふしぎな鳥のうわさをしあいました。ふたりの人が、道で出会うと、きまって、そのひとりが、「ナイチン――」と言いました。すると、もうひとりは、そのあとをうけて、「ゲール」と答えました。そして、ふたりは、ほっとため息をつくのでした。これで、ふたりには、おたがいの気持が、よくわかったのです。また、そればかりではありません。食料品屋の子供などは、十一人までもが、ナイチンゲールという名前をつけてもらいました。もっとも、名前ばかりはいくらよくっても、声のいい子はひとりもいませんでしたがね。
 ある日のこと、大きなつつみが、皇帝こうていの手もとへ届きました。見ると、つつみの上には、「ナイチンゲール」と書いてあります。
「また、この有名な鳥のことを書いた、新しい本がきたようじゃな」と、皇帝は言いました。
 けれども、それは本ではありませんでした。はこの中にはいっていたのは、小さな置物です。見れば、ほんとうによくできていて、生きているほんものにそっくりの、ナイチンゲールでした。そのうえ、からだじゅうに、ダイヤモンドや、ルビーや、サファイヤがちりばめてありました。このつくりものの鳥は、ねじをまけば、ほんものの鳥がうたう歌の一つをうたいました。そして、歌をうたいながら、を上下にふりうごかすので、そのたびに、金や、銀が、ピカピカ光りました。首のまわりに、小さなリボンがさがっていて、それには、
「日本のナイチンゲールの皇帝は、中国のナイチンゲールの皇帝にくらべると、見おとりがします」と、書いてありました。
「これはすばらしい!」と、みんながみんな、申しました。そして、このつくりものの鳥を持ってきた男は、さっそく、「宮中ナイチンゲール持参人」という名前をいただきました。
「では、二羽にわの鳥をいっしょにうたわせてみよう。そうすれば、きっと、すばらしい二重唱になるだろう」
 こうして、二羽の鳥が、いっしょにうたうことになりました。ところが、さっぱり、うまくいきません。ほんもののナイチンゲールは、自分かってにうたいますし、いっぽう、つくりものの鳥は、ワルツしかうたわないのですから。
「この鳥には、なんの罪もございません」と、楽長が申しました。「ことに、拍子ひょうしも正しゅうございますし、わたくしの流儀りゅうぎにも、ぴったりあっております」
 そこで、つくりものの鳥が、ひとりでうたうことになりました。――つくりものの鳥は、ほんもののナイチンゲールと同じように、みごとに成功しました。いや、見たところでは、かえって、ほんものよりもずっと美しく見えました。まるで、腕輪うでわか、ブローチのように、キラキラかがやいたからです。
 つくりものの鳥は、同じ一つの歌を、三十三回もうたわされました。しかし、それでも、つかれるということはありませんでした。人々は、またはじめから聞きたいと申しましたが、皇帝は、今度は、生きているナイチンゲールにも、なにかうたわせよう、と言いました。――ところが、あの鳥は、どこにいるのでしょう? すがたが見えないではありませんか。いつのまにか、あいている窓から飛びだして、みどりの森へ帰っていってしまったのです。けれども、それには、だれも気がつかなかったのです。
「いやはや、なんたることじゃ!」と、皇帝は言いました。
 宮中の人たちは、口々に、ナイチンゲールのことをわるくいって、「なんという、恩しらずの鳥だ」と言いました。「だが、わたしたちのところには、いちばんいい鳥がいる」と、人々は言いました。

ナイチンゲール

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